タンポポ調査・近畿2005 活動記録 No.3




研究シンポジウムの概要報告
「タンポポ調査の意義を問う−雑種タンポポについて考える」
(2003.4.26.開催)



【日 時】 2003年4月26日(土) 午後1時30分〜5時
【場 所】大阪市立自然史博物館 集会室
【出席者】「タンポポ調査・近畿2005」準備会メンバー(約25名)
【目 的】「タンポポ調査・近畿2005」の実施に向けて、タンポポの雑種をどのように位置づけて調査を実施していくかについて検討するために、全国から雑種問題に詳しい研究者を招いて最新の知見を学習するとともに、市民調査としてのタンポポ調査の意義について意見交換を行なう。
【主 催】 「タンポポ調査・近畿2005」準備会(事務局:大阪自然環境保全協会)
本研究集会は「タンポポ調査・近畿2005」準備会の内部学習会として開催し、雑種問題についての共通理解を得ることを目的にしたものであり、一般にはよびかけていません。
また、この研究集会の講演内容や討論の詳細については、後日報告集を作成する予定ですが、ここでは、2005年のタンポポ調査について検討するための基礎資料とするために、当日のプログラムに従って、各講演者のレジュメを参考にして、準備会事務局(大阪自然環境保全協会・木村)の文責で概要をまとめてみました。短くまとめたので講師の先生方の真意を十分伝えることができていません。
また、講演内容のまとめについては講師に確認をいただいていませんので、表現などに誤りがあれば、すべて木村の責任です。ご了解ください。




目 次(タイトルをクリックしてください)

大阪自然環境保全協会  木村 進
東京学芸大学  小川 潔
愛知教育大学  芹沢 俊介
新潟大学 森田 竜義




 
「タンポポ調査・近畿2005と今回のシンポジウムの趣旨説明」

大阪自然環境保全協会 木村 進


1. タンポポ調査・近畿2005について……すでに報告済みなのでここでは省略

2. 本日のシンポジウムの開催に当たって
1)趣旨説明
 現在、私たちは「タンポポ調査・近畿2005」に向けて準備会で組織し、どのような方法で調査を進めて行くかを検討している。その中で、近年の雑種タンポポの分布拡大によって、、従来と同様の方法でタンポポ調査を実施することが、科学的に意義があるのかどうかという点が問題になった。それでは、どのような方法で調査を行うことが有意義であるのか。この疑問は、私たちが持っている情報だけでは解決できなかった。
 タンポポ調査が市民による環境調査として広く普及した最大の理由は、総ほう外片が反り返るか上向きかという形態的な特徴だけで誰でも容易に外来種か在来種かを区別できる点にあった。それでは、形態だけでは純粋の外来種とは完全には区別できない雑種タンポポの分布拡大によって、このタンポポ調査のメリットは失われてしまったのだろうか?
 雑種か否かの確認は、総ほうの形態でもある程度は可能であるが、確定するにはアロザイム分析やDNA分析を用いるしかない。その上、雑種といっても様々なタイプがあることがわかってきており、市民に広く参加していただく環境調査としてタンポポ調査を実施する際には、どのような調査を行うことが有意義なのだろうか。従来のように、総ほう外片の形態だけで判定することは無意味なのだろうか。すべてのサンプルを分析してどのタイプの雑種であるかを明らかにしないと調査の意義はないだろうか。 
 新潟大学の森田氏によって雑種タンポポが発見されたのは10年以上前である。その後、愛知教育大学の芹澤・渡邉氏らによって雑種タンポポの分布拡大が報告され、雑種タンポポの存在が多くの人に知られるようになり、この5年くらいの間に、雑種タンポポに注目した調査研究が増加し、各方面で研究成果が発表されるようになった。しかし、タンポポ調査を行ってきた私たちが、これまでのタンポポ調査の成果を生かしながら、今後の調査のあり方を考えていくために、十分な情報が得られているとは言い難い状況にある。また、研究者によってタンポポ調査の意義のとらえ方にも違いがあり、私たちが2005年の近畿全域での市民参加によるタンポポ調査を呼びかける際に、雑種タンポポの出現によって調査の意義はどう変化したのかを事前に十分検討し、どのような調査が有意義であるかを知る必要がある。
 そこで、この際タンポポの雑種問題やタンポポ調査に詳しい研究者を講師としてお招きして研修を深めるとともに、講師相互に情報交換をしていただき、雑種タンポポの問題に関する現時点での知見を総合して、調査参加者が共通の理解をもって、調査のあり方を検討していくために、本日の研究集会を提起した次第である。

2)本日のシンポジウムで検討したい課題や疑問点
 本日の集会で私が知りたい疑問を厚かましくもあげれば、次の3点に集約される。講師の先生方にアドバイスをいただき、出席者の方々を含めた討論の中で、現時点ではどこまでがわかっていて、今後の課題は何なのかを明らかにして共通理解を深めればと考えている。
(1)実際に各地で雑種タンポポがどれくらい増えているのか?また、これだけ分布を拡大している中で環境調査としてのタンポポ調査の意義はどのように変化したか?
(2) 意義があるなら、専門的な調査だけではなく、市民参加型の調査として実施する場合、どのような方法で調査を行うことが望ましいだろうか? 
(3) 総ほう外片が内片と離れ、形態的に外来種と区別できない「外来種型雑種」が非常に多数 見られるだけではなく、近年外片が上向きになる「在来種型雑種」が少数ながら見つかるようになってきた。これら2つのタイプの雑種を、調査ではどのように扱えばよいか。
(4) 雑種タンポポはいつごろどのようにして形成されたと考えられるか? 現在でも各地で外来種と在来種が雑種の形成を行なっているのか? また、その生態的特性は?
 これら以外にも、出席者の方々から疑問や課題を提起していただき、活発な議論が行なわ れて、本日の集会をより成果のあるものにしたいと考えている。



「雑種問題とタンポポ調査の意義」

東京学芸大学 小川 潔

課題1.在来種と外来種、雑種の識別

 在来種と外来種のタンポポは、従来、頭状花の形態によってきた。すなわち、外直立上向きの外総苞片を持つのが在来種、内総苞片から剥離・反転しているのが外来種というのが識別点であった。渡辺らの指摘で、外来種として扱われてきたもののほとんどが雑種であるとなると、外来種と雑種との区別は外部形態上ではむずかしいことになる。現実的には、外来種の遺伝子を持った分類群、または在来種の遺伝子をホモでは持たない分類群としてくくるしかない。
 一方、在来種型の頭状花を持つ雑種が頻繁に見つかるようになった。すなわち、形態的に在来種に酷似しているが、なんとなく違和感を覚える個体を、プロイディアナライザ−で倍数性を調べると雑種であるので、在来種の識別は確実性が求められるようになってきた。外来種との間の外総苞片の中間的形態は、東京では在来種そっくりの完全直立から部分剥離、純粋の外来種と区別できない程に反転しているものまで多様で、ほぼ連続的に出現している。在来種に酷似しているものが在来種でないと気付かれるひとつのきっかけは、総苞の色が在来種より濃く黒みを帯びていることである。
 雑種の在来種型の頭状花にはいろいろな形態があるが、多くは開花ステ−ジの進行とともに外総苞片が開いて、外来種型となる。したがって、同一個体のなかにステ−ジの異なる花があると見分けることができる。

タンポポ調査における問題点
 2000年南多摩、2001年北多摩、2002年東京23区でのタンポポ調査では、調査結果の証拠として得られたすべての頭状花サンプルについて、花粉の形状による検定(註)を行なった。結果は、誤答率が高く、特に在来種が少ない地域で顕著であった。

 2000年に在来種と判定されたサンプルの誤答率 10% (真の在来種の出現頻度 16.8%)
 2001年に在来種と判定されたサンプルの誤答率 25% (真の在来種の出現頻度 8.%)
 2002年に在来種と判定されたサンプルの誤答率 55% (真の在来種の出現頻度 2%)

     誤答率が上記のように高い以上、外部形態では識別不能と考える必要がある。

(註)花粉による識別法(花粉検定)は、在来2倍体種の花粉はサイズが均一であるのに対し、3倍体以上のタンポポでは、花粉サイズが不揃いである(森田、1976)ことを利用している。外来種には3倍体と4倍体が知られているので、東京や大阪ではこの方法で在来種と外来種を識別できる。しかし、花粉検定は、3倍体在来種がある地域では使えない。また、外来種のなかには花粉を欠くものがあり、これも識別の手がかりとなる。

課題2.雑種の生態的特性

 2002年の東京23区でのタンポポ調査において、非在来種(外来種および雑種)もしくは在来種型雑種の生育地特性(土地利用の特徴)は、従来の「外来種」の生育地特性と特段の矛盾は見られなかった。したがって、雑種が両親の生育地の双方に侵入しやすいという考え方は、積極的には支持できない。しかし、23区には在来種が少ないし、在来種が生育しやすい環境も少ないので、在来種が比較的多く生育している地域で、再度検証する必要がある。
 移入種タンポポの種子発芽速度は、従来の「外来種」並みで、在来種より明らかに早かった。また、種子休眠は見られなかった。雑種も、3倍体、4倍体を問わず同様であった。移入種は夏の葉数減少は著しくない。これらは、従来の「外来種」型の生態的特徴と一致していた。(ただし、発芽速度が遅い家系があるとの指摘が芹沢さんからあったので、検討する必要がある。)

 野外で即座に雑種と認定できないため、雑種がどのような生態を持っているかを生育現場で個体識別をしながら継続して調査したデ−タは少ない。今後は、こうした調査・研究が不可欠である。

課題3.移入種問題のもうひとつの緊急課題

 東京の湾岸地域では、移入2倍体種タンポポがみつかった。現在までの知見では、自家不和合性があって、自力での大増殖は考えられないが、在来2倍体種と遺伝子交流ができるので、遺伝子汚染が起こる可能性を持っている。こうした生物の人為的導入の阻止をどう達成するかが緊急の課題として提起されていると考える。


「雑種性帰化タンポポの増加とタンポポ調査の意義」

愛知教育大学  芹沢 俊介

正確なタンポポ地図を作るにはどうしたらよいか

○ 現在では、日本の「帰化タンポポ」は、大部分が雑種である。(GOTのアロザイム分析)
  • セイヨウタンポポは、1995年の時点ですでにほとんどが雑種性であった。
  • アカミタンポポは、1995年には大部分が「真の帰化」であったが、現在では雑種の方が多くなった。
○ 雑種性タンポポと真の帰化タンポポとは、形態的には区別できない。
  • おそらく雑種性と推定できるものもあるが、断定はできない。
  • すべての資料のアロザイム分析をしなければ、真のタンポポ地図や雑種性タンポポ地図は作成できない。
○ 雑種性帰化タンポポの中には、総ほう片がはっきり反曲しないものがある。
  • だれでも容易にニホンタンポポと帰化タンポポ(雑種を含む)とを区別できるという状況は失われた。しかし、目の利く人がみれば、ニホンタンポポと雑種との識別は可能。

タンポポ調査から何がわかるか
 
○ 雑種性帰化タンポポは均一なものではなく、クローン性は低い。
  • かなりの頻度で雑種が形成されているらしい。
  • 現在の雑種帰化タンポポと数年前のものとが同じものであるという保証はない。
○ タンポポ地図は土地撹乱や都市化の指標としては使えないものになった。
  • 分布状況が変化しても、環境が変化したためか、タンポポが変化したためか、判断がつかない。
  • タンポポ調査からわかるのは、タンポポの分布である。分布自体は「遺伝的撹乱と環境変化の相乗効果による生物多様性の減少」という環境問題。地図作成の目的は変化。
これからのタンポポ調査

○ 市民運動としてのタンポポ地図作りは、残念ながらその役割を終えたと思われる。
  • 環境調査として重要であるという状況は変わらないが、雑種性タンポポの増加で「誰でも容易に識別できる」という条件は失われた。市民運動として調査活動を展開したいなら他のテーマを探す方がよい。
  • 現時点では、ニホンタンポポに帰化種の遺伝子が入るという事態は想定されず、ニホンタンポポが現時点でどの範囲にどれくらいあるかという広域調査はやる価値がある。
  • 帰化種も調べるなら、狭い範囲でよいから確実性の高い調査を継続的に行うべきである。
    全サンプルのアロザイム分析を行なうのが望ましい。不可能ならせめてセイヨウとアカミとは区別しておくべき。また、調査者は少ない方がよい。多くなると信頼性が低下。
○ すべての調査地点の頭花をチェックできるなら、大阪府全域の調査は続けてほしい。
  • 5年毎の分布変化を追えるデータは他にはない。
  • 2000年までは総ほう外片が屈曲しない雑種性帰化タンポポはそれほど多くはないので、2005年にきちんと頭花チェックをすれば、2000年のデータも参考資料として使える。

「セイヨウタンポポの雑種とは何か?−発生のメカニズムと雑種の特徴」

 
新潟大学 森田 竜義

タンポポ属と無融合生殖
  • タンポポ属の多くは倍数性(3倍体〜10倍体)で、配偶子の融合(受精)を伴なわないで種子を形成できる無融合生殖を行なっている。セイヨウタンポポ・アカミタンポポが世界に分布を広げることができたのも、"群れから自由な"無融合生殖ができるためである。
  • この中で、日本在来のカンサイタンポポなどの2倍体で有性生殖を行なう種は貴重な存在。
雑種タンポポはどのようにして生じるか
  • 日本在来種とセイヨウタンポポの間に雑種ができることを確認したのは人工交配実験(森田,1980)だった。その後、森田が静岡県富士市の野生タンポポ集団の中に雑種が存在することをGOTなどのアイソザイムパターンから確認し、芹沢・渡邉らによって愛知県で形態的に外来種とみなされるタンポポの大部分が実は雑種タンポポであることが発表された。
  • 殖を行なうセイヨウタンポポの花粉は、染色体が娘細胞へ均等に分配されず、非減数性(染色体=24本)の花粉とともに、様々な染色体数の花粉が形成され、そのうち受精能力のあるものが日本産のタンポポと接触したときに雑種が形成される。つまり、雑種タンポポの父親(花粉親)はセイヨウタンポポであり、このことは核と葉緑体のDNAマーカーを併用した解析によって確認されている(芝池・森田,2002)。
雑種タンポポのタイプ分けと分布の広がり
  • イソザイム・核DNA・葉緑体DNAによる解析、染色体の計数、フローサイトメーターによるDNA含量の測定などから、セイヨウタンポポと在来種の雑種には、次の3つのタイプがあることがわかっている。
       A 3倍体雑種(染色体::日本産タンポポ1X+セイヨウタンポポ2X)
       B 4倍体雑種(日本産タンポポ1X+セイヨウタンポポ3X) 
       C 雄核単為生殖による雑種(核DNAはセイヨウタンポポ由来のみ、葉緑体DNAは日本産タンポポ由来)
        * 新潟市(232個体)では、A:B:C:セイヨウタンポポ=9:49:22:20
        * 東京23区(372個体)では、A:B:C:セイヨウタンポポ=57:25:6:12
雑種タンポポの形態的特徴
  • 3つのタイプの雑種タンポポの形態的な特徴を比較すると、雄核単為生殖による雑種を純粋なセイヨウタンポポと識別することは困難だが、3・4倍体雑種は総じてセイヨウタンポポに似ているが、次の3つの点で日本産タンポポの特徴もあらわれていて、3倍体雑種の方が日本産タンポポの特徴をより強く持っている。

      1)総ほう片が十分に反り返らない。(十分反りかえっている個体の多くは純粋なセイヨ ポが雄核単為生殖による個体であるが、4倍体雑種や3倍体雑種もかなり混ざっている。しかし、上向きの個体はほとんどすべて3・4倍体雑種と考えてもよい。)
      2)総ほう片の先端に小角突起がある。
      3)総ほう片の縁に毛がある。

  • 形態的特徴だけでは雑種であるか否かは断定できないが、これらの3つの形態的特徴をもとに総合的に判断すれば、かなりの確率で雑種か純粋なセイヨウタンポポかがわかる。
雑種タンポポが提起した問題
  • 日本における帰化タンポポの分布拡大の過程で、まず、セイヨウタンポポ拡がってから、 その過程で生じた雑種個体が近年になって増加しているのか?あるいは、セイヨウタンポポの侵入の初期段階に雑種個体が生じて、ほぼ同時に拡がりだしたのか?過去に採取したそう果や頭花のDNA解析から明らかにしたい。
  • 雑種個体とセイヨウタンポポの生活史特性がどのくらい違うのか。雑種強勢が無融合生殖によって固定されて、雑種個体の適応度が都市的環境下においても高く維持されているのではないか?
  • その他、雑種個体はいつから存在し、どのくらいの拡がりをもつか? 何度の交雑を経て形成されたかなど、疑問はつきない。
*注)この項のまとめには、当日会場で配布された「芝池博幸・森田竜義(2002) 拡がる雑種タンポポ.遺伝2002年3月号」を参考にさせていただいた(木村)。

  連絡・問い合わせ先:
   タンポポ調査・近畿2005事務局(tampopo@nature.or.jp

530-0075 大阪市北区中崎西2-6-3 パステル1-201
(社)大阪自然環境保全協会内
Tel: 06-6374-3376 Fax: 06-6374-0608

担当:木村進・高畠耕一郎

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