第8期・自然環境市民大学修了式・記念講演
 今本博健氏: いまこそ抜本的転換を ―これからの河川行政― (6)
 ■ 土堤原則からの脱却

<土堤原則からの脱却>

 いまの堤防は土でつくるのを原則としている。土堤原則である(図の拡大)。
 しかし、土堤には破堤しやすいという欠陥がある。
 非定量治水の実現には越水に耐える補強が不可欠であり、土堤原則からの脱却が必要である。

◆土堤原則
  土堤にはつぎの利点がある。
   ・堤体材料としての土は、安価で多量に調達が可能
   ・嵩上げ・拡幅、補修といった工事が容易
   ・基礎地盤と一体となり、なじみやすい
   ・仮に、水害や地震で被災したとしても、短時間での復旧が可能
   ・劣化の心配がほとんど無く、半永久的な材料である
   ・自然環境への影響が少ない
   ・維持管理が容易

◆破堤の原因
 堤防が天端を含めてほぼ全面的に破壊されることを破堤という。
 破堤すれば洪水が一気に堤内地に流れ込むこととなり、大規模な氾濫と甚大な被害が生じる恐れがある。
 洪水による破堤の原因としては、越水、洗掘、堤体あるいは基盤への浸透が挙げられるが、越水が80%を超え、圧倒的に多い(図の拡大)。
 越水に耐える補強が必要という所以である。
    
◆堤防補強の経緯
 日本の場合、特に大都会は築堤河川ということで、我々は堤防で守られている。最後の一線が堤防である。
 だから、堤防が切れたら大変だというので、国交省もいろいろ苦労してきた。まとめると、次のようになる。

1960年以前対策講じられず
1960年代 アーマーレビー(鎧型堤防)の試行実施
1976年長良川水害で計画高水位以下で破堤これを機に、建設省(当時)は堤防に関するDataを公表しなくなった。土木研究所でも堤防の研究をやめた。
1987年河川審議会が超過洪水対策として高規格堤防を提案
1998年堤防補強が重点施策に
2000年フロンティア堤防(難破堤堤防)が河川堤防設計指針に位置づけられ、雲出川や那珂川などで先行実施
2001年川辺川ダムに関する住民討論集会で、住民の「萩原堤防を補強すればダムは不要」との指摘を国側が認める
2002年設計指針から耐越水堤防に関する記述を削除。萩原堤防の補強も中止
2003年淀川水系流域委員会が耐越水堤防の必要性を主張。國側は計画高水位までの堤防補強を実施しだした
2008年堤防天端までの補強をした耐越水堤防(巻堤)を推奨
 
アーマーレビー (鎧型堤防)
  堤防補強が実施されだしたのは1960年代になってからである。加古川などで試験的に実施されだした。
  しかし、昭和51(1976)年に長良川で計画高水位以下で破堤したため、管理の瑕疵を問われるのを恐れたのか、建設省は堤防の補強を中止し、堤防についての情報を公開しなくなり、研究も止めた。
 堤防を覆うと点検できなくなる、が理由であった。 (図:アーマーレビーの例(拡大)

 スーパー堤防 (高規格堤防)
 東京や大阪が洪水氾濫により浸水すれば莫大な被害になるため、 昭和52(1987)年の河川審議会が超過洪水対策として高規格堤防の提案を受け、たとえ越水しても破堤しない堤防として計画された(図の拡大)。
 しかし、莫大な経費を要するため、一部で実施されただけでほとんど進んでいない。
 築堤材料もなく、平成22(2010)年の事業仕分けで 「無駄な公共事業」 として中止された。

 フロンティア堤防 (難破堤堤防)
 全国で破堤による壊滅的な被害が相次いだため、 平成10(1998)年に堤防補強が重点施策に取り上げられるとともに、越水しても破堤し難い堤防として、河川堤防設計指針に位置づけられ、雲出川や那珂川などで先行実施された。
 しかし、平成13(2001)年に川辺川ダムに関する住民討論集会で、住民側の「球磨川・萩原堤防を補強すればダムは不要」との指摘を国側が認めたものの、ダム廃止につながることをおそれたか、平成14(2002)年に設計指針から耐越水堤防に関する記述が削除され、予算計上さえされていた萩原堤防の補強も中止された。

 耐浸透・耐侵食堤防 (淀川での例)
 淀川水系流域委員会の堤防補強を最優先で実施すべきだとの主張を受け入れ、平成15(2003)年頃から、浸透と侵食を対象とした淀川方式と称する補強が実施されだした(堤内地のり裾にドレーン工を施すのが特徴。ただし、小規模実験では、かえって破堤しやすいという結果が出ている)
 ただし、侵食に対する護岸は計画高水位までであり、委員会はこれを不満として、堤防天端までの護岸にすることを主張し、国交省と対立した。
 このような対立のさなかの平成20(2008)年に、国交省河川局防災課長名で、堤防天端までの補強をした耐越水堤防(巻堤)を推奨するとの通達が出された。

<鋼矢板ハイブリッド堤防>
 わたしは、以前から土堤を鋼矢板やソイルセメント壁で補強した堤防(ハイブリッド堤防)を、(これがベストだとはいわないが、)推奨している(図の拡大)。
 鋼矢板ハイブリッド堤防の利点を挙げるとつぎの通りである。
  ・堤防高さを保持、重要箇所の崩壊防止
  ・洪水時および地震時の様々な外力条件に対応
  ・景観や自然環境への配慮
  ・新たな用地確保不要、省スペース施工
  ・安定した品質の構造を短工期で実現
  ・堤体内に鋼矢板を打設して構造的に堅固なコアを形成する構造
  ・透水性鋼矢板により地下水を保全

 破堤したり、崩れた堤防の修復・補強に鋼矢板が有効なことは、阪神・淡路大震災の淀川を初め、各地で大々的にもちいられることでも実証済みである。
 この工法では、土に打ち込んだ鋼矢板が錆びることが懸念されるが、鋼矢板が土中で錆びるとき、土の成分と化学反応を起こし、非常に堅固な構造を作る。
 古い時代、山陰地方の築堤に際し中心部にわざわざ砂鉄を多く含む土を入れたり、大和川(1704年付け替え)で中心部に硬土として鉄分を含む土を入れたり(藤井寺付近での観察)、日本最古の溜池・大阪狭山池では堤防のあちこちに船の古釘を入れたりしている。わたしは、このような古くからの知恵にも学び、鋼矢板ハイブリッド法を是非取り上げてほしい、と主張してきた。

<長崎県:石木ダム建設事業の検証について(案)>
 土堤原則にこだわる国交省は、ハイブリッド堤防を決して認めようとしない。
 しかし、「長崎県:石木ダム建設事業の検証について(案)」 には、採用はされなかったものの、この工法が検討対象に挙げられている(図の拡大)。ここでは堤防自立型といっているが、役所側が作った資料に、この工法が記載されているのを初めて見たので、ここに紹介した。
 新党・日本や国民新党の働きかけがあったせいか、財務省が予算をつけ、国交省でも来年度から検討を始めることになった。

 時代は明らかに動いている。

■ 抜本的転換を阻むもの:政官学の馴合い


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