第8期・自然環境市民大学修了式・記念講演
 今本博健氏: いまこそ抜本的転換を ―これからの河川行政― (5)
 ■ 非定量治水への転換

ここで、治水のあり方について考えてみよう。

<定量治水について / これまでの治水>
 これまでの治水は、「ある大きさ以下の洪水を対象とする」 もので、これを定量治水という。
 その内容と欠陥、ならびにどう対処しようとしているかを示す。

 定量治水とはつぎのようなものである。
  @ ある大きさ以下の洪水を対象
  A 洪水を河川に封じ込める
  B 対策の選択:対象洪水への対応性が基本
    (対象とする洪水の大きさ、基本的には「基本高水」、が決まったら、対策もすべて決まる)

 こうした定量治水にはつぎの欠陥がある。
  @ 対象を超える洪水に対応できない
    (200年に1回確率で対象を決めても、300年に1回の雨が降ったらどうなるか)
  A 対象洪水を大きくすると、現実には達成できなくなる(コストがかかる)
  B 環境に重大な影響を及ぼす

 これらの欠陥は河川管理者も認識しており、つぎのようにして欠陥を是正しようとしている。
  @ 超過洪水対策による補完
    (予想を越える洪水の発生にも、破堤しないように備える)
  A 基本方針は棚上げしておき、整備計画として、切り下げて実施する
  B 河川法の目的に環境を追加

 これでは抜本的な解決になっていない。
 例えば、超過洪水対策としてとられたのは 「スーパー堤防」 だけだが、これは事業仕分けで廃止された(つまり、何の対策もしていない)。
 基本方針を棚上げして実施計画にするというが、ダムに関してだけは基本方針に固執している。
 河川法の目的に 「環境」 を追加しただけで、環境の問題が解決するわけではない。

<ダムによる治水>
 定量治水の典型が 「基本高水を河道とダムに配分する」 というもので、現在の治水の基本方針である。
 ダムはもともと使うための水を貯めるものであったが、発電や治水にも利用されるようになった。そして、ダムに依存する治水に傾斜していった。これを支えたのが特定多目的ダム法(昭32)や水源地域対策特別措置法(昭48)である。

 なぜ、ダムによる治水がダメなのか。
  @ 治水機能が限定的・治水効果も限定的
     計画洪水に対してダムの大きさを決めるのであるから、それを越える洪水には効果がない。
  A 治水効果が不確実
     ダムのある流域に降った雨にしか役にたたない。別の流域に降った雨には効果がない。
  B 堆砂による治水機能の劣化 (治水ダムは満水になれば効果は無くなる)
  C 地域社会を崩壊・自然環境を破壊
  D 残適地が少ない:ダム時代の終焉
     (新たに計画されているダムはない)
 わが国には治水を目的に含むダムが900基近くもありながら、水害を防いだ例は殆どない。

<ダムの推進・反対の論拠>
 ダムを推進しようという者もいれば、反対する者もいる。両者の議論は噛み合わない。
 それぞれが論拠とすることを、淀川水系流域委員会の意見とともに示す。
 議論が噛み合わないが故に問題に決着が付かない。決着がつかないことが、結果としてダム推進派に有利に働き、河川整備の転換をもたらすに至っていない(図の拡大)。


<非定量治水について>
 本来の治水のあり方として提唱するのが非定量治水である。
 非定量治水とはつぎのようなものである。

  @ あらゆる大きさの洪水を対象
      少なくとも、ある限界を設けることはやめよう。それを目標としてやることをやめよう。
  A 洪水を流域全体で受け止め、壊滅的被害を回避
      洪水を河道で受け止めることは出来ないから、流域全体で受け止めよう。
      流域のなかでは溢れるところも出るが、壊滅的な被害は避けよう。
  B 対策の選択:実現性が基本

 非定量治水の具体策は、河川での対策と流域での対策を同時並行的に実施することである。
  @ 河川での対策
      河道の流下能力の増大・確保 (堤防補強)
      貯水・遊水による洪水流量の調節 (霞堤・野越)
      水防活動などの危機管理
  A 流域での対策
      雨水流出の抑制
      氾濫流の制御 (二線堤・輪中堤など)
      氾濫域の耐水化 (土地利用の規制・高床住宅など) 
      避難対策・被害補償などの危機管理

<治水安全度の比較>
 定量治水と非定量治水の安全度を比較する。
 前者は、対策が完了すれば治水安全度は飛躍的に向上するが、その間、数十年ものあいだ住民は危険に晒されたままである。
 後者は、対策を一歩ずつ、順次積み重ねることで治水安全度が段階的に向上する(図の拡大)。

<洪水規模と安全性の関係>
 洪水規模と安全性の関係をみる。
 定量治水では、計画高水位で評価される流下能力までを河道が受け持ち、それを超えて計画規模までをダムが受け持つとしている。
 計画規模を超える洪水に対応できないのが致命的な欠陥であるが、それ以外にも破堤という爆弾を抱えている。
 計画高水位を超えればもちろんだが、それ以下でも破堤する可能性がある。これでは安心できるはずがない。

 非定量治水では、越水にも耐える堤防補強が基本である。
 この場合、計画高水位を超えても、満水状態まで洪水を流せるので、そこまで安全性は確保される。
 越水しても堤防の洪水を流下させる機能が完全に失われるわけではないので、被害は発生するが、軽微にできる(図の拡大)。

 両者を比較すれば、満水状態から計画規模では定量治水が優位であるが、計画規模を超えれば非定量治水が優位になる。
 ダムは堆砂により機能が低下するので、定量治水が優位な領域は時間とともに小さくなる。

 非定量治水で問題なのは越水に耐える補強が可能かどうかであるが、これについてはつぎに触れる。

■ 土堤原則からの脱却


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