都市と自然誌抜粋(トピック)No_449_201308_2

特集 シカの食害から植生を守る
大原野森林公園における植生保全の事例

文・写真 丹下 研也(大原野森林公園 森の案内人)

 大原野森林公園は、京都市西京区にある京都市の都市公園の一つである。北摂ポンポン山の北斜面にあたり、かつてゴルフ場建設が計画されたが、芥川の源流で北摂地域の水源であること、また、希少な動植物が見つかったことから反対運動が起こり、計画は中止となった。その後、京都市が購入し、大原野森林公園として2000年に開園した。開園から4年後に、公園内の中心域で希少動植物が多い竈ヶ谷に保護区が設定され、その保護区への立ち入りには届出が必要となった。この届出制の啓発と動植物等園内の魅力を来園者に伝える役目をになう、森の案内人が設置された。私たちはその任務を遂行するとともに、確認した動植物を日報に記録してきた。
今回は、大原野森林公園においてシカが急増したことによる、希少植物をはじめとした植生への被害と、それらの植物を守る活動について報告する。

シカ食害と個体数密度 

 シカの食痕については、2004年の森の案内人発足当時から既にリョウブやアオキ、オタカラコウ、マネキグサなどについて見られていた。それでも谷筋の林床には草本類やシダ類が茂り、まだ食害との認識は薄かった。

 ところが2007年秋に、突然ヤブツバキの樹皮が軒並み剥がされた。この光景は、奈良公園や宮島など、シカの過密地帯で見られる光景であり、シカの密度が高くなったことが示唆された。

 私たちは、土・日曜日を中心に年間約120日程度交替で勤務して公園内を巡回しているが、その時にシカに遭遇した回数(目視または鳴声による確認)を日報から拾い出してみた(表-1)。2007年までは約9日に1回(11.7%)だったのに対し、2 0 0 8 ~ 0 9 年には約5日に1回(18.8%)に増え、ヤブツバキの樹皮剥がしに呼応していることが分る。このころには、モミジガサやシシウド、ツリフネソウなど多種の植物に被害が広がり、林床の植物が広範囲で消えていった。さらに、2010~12年は約3日に1回(36.0%)と、さらに遭遇回数が増えた。個体数推定を行っているわけではないが、この結果よりシカの密度が急激に高くなっていることが伺える。このころには、ほとんど食べなかったシダ類も食べるようになり、草本類が枯れてしまう冬には、シダ類も食べつくされてしまう状況になった。

 我々がこれまでにシカの食痕を確認した植物は、草本類96種、木本類67種、シダ類16種に及び、その中から確認回数の多いものを挙げてみた(表-2)。初めはより嗜好性の高い植物が食べられ、それらがなくなると被害に遭う植物種が変わっていくことが分る。シカの密度が増した2010年からは、一般に毒成分があるといわれる、オオキツネノカミソリやマムシグサ、フタバアオイ、タケニグサにまで被害が及ぶようになった。


植生を守る防獣対策

 大原野森林公園の中央にある竈ヶ谷には、京都府としては希少な植物が多い。中でも府下での唯一の自生地といわれるヤマブキソウや、自生地が数ヶ所しかないフクジュソウ(いずれも京都府R DB(レッドデータブック)で絶滅寸前種)のほか、西日本一とも言われるオオキツネノカミソリの大群落がある。

 シカの食害が目立つようになった2007年にヤマブキソウが被害に遭い、5月初旬の花期にほとんど花が見られなくなった。危機的状況となったことから、急きょナイロン製の防獣ネットを張った。これが当公園における防獣対策の始まりである(表-3)。ナイロン製防獣ネットはしばしば食い破られ侵入されたこともあったが、それなりに効果がみられた。

 その翌年には、フクジュソウ自生地で、イノシシが地面を掘り返すことによりフクジュソウが根返りを起こして枯れてしまうことから、自生地の一部を金網のフェンスで囲った。このフクジュソウ自生地は、森の案内所から約1kmのところにあり、2m四方の金網を毎回一人1枚ずつ3カ月かかって運び上げ、126mのフェンスを張り終えた。

 また、2011年にはこれまで全く食べられることがなかった、オオキツネノカミソリの春の芽吹きが食べられるようになった。オオキツネノカミソリは春に葉を展開し栄養を蓄えて葉を枯らした後、夏に一斉に花茎を上げて花を付ける。春に葉を食べられたことから夏には花芽が極端に減り、僅かに出た花芽も食べられてしまい、花はほとんど見られない状況となった。そこで、翌年の春までに主要自生地の半分を囲った。

 その後も、順次オタカラコウやジャコウソウ自生地を囲い、ヤマブキソウ自生地もナイロンネットから金網フェンスに付け替えた。さらに、昨年はフクジュソウ自生地の残りの部分を、ネットと金網の併用で約500m囲った。この作業には延べ約200人のボランティアにご協力いただいた。

防獣対策の効果

【植生の回復】

 これらの対策を行った結果、ヤマブキソウは、シカに食べられ矮小化し花を付けても一株に1つしか咲かなかったが、一株に数個の花を付けるようになり本来の生育状態に回復した。フクジュソウもイノシシの掘り返しがなくなり、根返りで枯れることがなくなった。オオキツネノカミソリは、まだ1年目のため食害に遭う前の状態にはほど遠いが、フェンス設置前よりはやや回復してきた。

 さらに嬉しいことには、これらの希少な植物を保護するために張った防獣フェンスの中には、多種多様な植物が繁茂してきたことである。
希少植物であるマネキグサ(環境省レッドリスト:準絶滅危惧)の群落が復活し、ほとんど見かけることがなくなっていたナベナ( 京都府RDB:準絶滅危惧種)も姿が見られるようになった。さらに、これまで森林公園内では確認がなかった、カワミドリやミヤマナミキ、ヤマラッキョウなどが確認された。

【生態系の回復】

 防獣フェンスの中に回復した植生の中では虫たちをよく見かけるようになった。シカの食害に遭い減少する植物は目に見えるが、昆虫は蝶やトンボ、ハチなどの一部の目に留まる種類以外は、ほとんどその減少に気づかない。特に植物食の昆虫は特定の植物に依存している場合が多いため、林床から植物がほとんど見られなくなった状況下では、昆虫もその影響を大きく受けていることが容易に想像される。

 また、2012~13年の冬には、鳥類が多く見られた。カシラダカの50羽ほどの群れが入っていたり、毎年数羽が越冬するカヤクグリは20羽を超えていた。さらに森林公園では初記録となるハギマシコやオオマシコも訪れ、常連のイカルやマヒワ、ウソ、アトリなどとともにフェンス内の草地で餌を採っていた。これらの鳥は植物の種子を好んで食べることから、フェンス内に植物が回復したことで、多くの冬鳥の越冬を可能にしたものと考えられる。


今後の課題と目標

 防獣フェンスを張ったことで、希少種を中心にした生態系を守れるようになったことは、大きな成果と言えるが、いくつかの問題も発生している。

 まず、防獣フェンスは金網といえども完全ではない。2012年秋にはフクジュソウ自生地にシカが入っているとの情報を得て調べてみると、金網の下をこじ開けてイノシシが入り、フクジュソウが自生している主要部を広く掘り返していた。シカは、そのフェンスの隙間をくぐって入っていたようだった。すぐにフェンスの裾にスカートネットを設置した。その結果、今のところ再度の侵入は確認されていない。また、時折倒木や大きな落石がフェンスを壊すこともあり、定期的な点検とメンテナンスが必要である。

 また、フェンス内に繁茂した植物は想像以上に大きく成長する。モミジガサやミズヒキ、レモンエゴマ等は群落を形成し他の植物を圧倒してしまい、優先して保全している希少種の成長に影響してしまう。さらに枯れた草が倒れて地表を覆い、翌春の春植物の芽出しに影響を及ぼしてしまうため、秋植物が種をつけた後の晩秋に、除去することが必要となった。実験的に、フェンスの一部を開けてシカに食べさせることも行ってみたが、枯草はあまり食べてくれず、結局は人力で刈り取りを行うこととなった。フェンスを設置するまでは、適度にシカが食べることで間引かれ、特定の植物が大きくなりすぎることが抑えられていたものと思われる。フェンスはそのような生態系の一部を遮断してしまっている。

 今後は、希少種の主要な生育地はほぼ囲み終えたことから、シダ類の群生地や多様な生物の生息地とみられる地域に、フェンスやネットを設置したいと考えている。
シカの食害で植生がほとんど見られない赤茶化けた林床の中に、フェンスに囲まれた青々と緑が茂る光景は、遠目に見るとノアの箱舟のようにも見える。狭い囲いの中では、花の蜜を求めてチョウやハナアブ、ハナバチ等が飛び交い、それらの昆虫を食べるトンボやカマキリが草の上で機会を窺っている。囲いの周辺には、さらにそれらを食べるキビタキなどの鳥類やシロマダラなどの爬虫類、キクガシラコウモリなどの哺乳類たちもいて、多様で健全な生態系が成り立っていることが見てとれる。

 

 私たちが囲った範囲はごく小さいが、シカの食圧が高く、シカの適正数までの減少が見込めない現状では、生態系をつないでいくという大きな意味を持っていると思っている。しかし、私たちはシカを完全に排除することが目的ではない。シカも大切な生態系の一部であり、適正数になることを願っている。シカを適正数に戻すには、京都府が中心となり各市町村や周辺府県と連携の下、猟友会等の協力を得て削減を実施していくしかない。

 防獣フェンスの設置はあくまで緊急の策であり、シカが適正数に戻ればフェンスを取りはずすことが最終目標と考えている。


森の案内人:
増戸秀毅、生田経幸、藤井肇、丹下研也、永谷文隆、武

協力者:
近藤和男、鳥居万恭、池田裕計、宇野和孝、池田日冨、他

※この文章は、3月31日に開催された「第3回本山寺自然環境保全地域を考える協議会」での報告です。

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